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かれい考 [雑記]

自分はいわゆる「アラサー」でありましたが、そろそろ「アラ」と強弁できなくなってまいりました。
ですから、近々ただの「サー」になります。今のうちに宣言しておきます。

さて、そのような年齢になるといろいろ角が取れはじめまして、今まで至らなかった認識を得るような場合も出てきます。
例えば、先の山口県の集中豪雨の報道映像を度々見ておった時のこと。
その日はテレビを点けっぱなしにしており、一時間毎のNHKのトップニュースは同じでした。
土砂降りの横断歩道を、難渋しながら渡る若い女性。
この手のニュースではありがちな図ですが、ふと、彼女が素晴らしい巨乳であることに気付きました。
しかし、ほんのワンカットの映像なので、すぐに切り替わってしまいます。

男ならたいてい、意識の殻のなかに「巨乳センサー」が内臓されてまして、歳とともに羞恥心やら自制心に綻びが生じ、開いた穴からセンサーが露出するのです。
当然、感度が良好になり、インパクトも持続します。
かくして、一時間後のニュースまでわずか数秒の映像を記憶して、次のニュースでは「くわっ!」と目を見開くことになるのです。

憂いがちな(当たり前だ)横顔、ほっそりと伸びた上腕と不釣り合いな膨らみ。
自分にとって「防府市」と「巨乳美女」がイコールで繋がった瞬間でした。
センサーフル稼働で濃密な数秒を堪能して、法悦の中で反芻しているうちに、実は似た構造の映像を己が見続けていた事実に行き当たりました。

それはつまり、大雪の中を生足ではしゃぐ女子高生。
アルプススタンドで頬を紅潮させらがら声を枯らす女子高生。
オリンピックの開会式入場でプラカードを掲げている各国の美女。
これらは報道の殻をかぶっていますが、美人をファインダーに囲いこむべく、純然たるスケベ根性に基づいて撮影された映像でありました。
程度の差はあれ、この心理は盗撮に近い。

ほころびによって意識の殻を認識するようになると、メディアの殻とその内部が見えてきます。
その視点を獲得すると、世は殻だらけであることに気付きます。
ただボウヨウと生きてきたつもりでも、知らず知らず身についていた年輪の魔法で中身を見ると、目が慣れてくるに従って暗がりから立ち上がってくる大人の世界。
いや、案外他愛ないものも多いんですが。

そういえば、『少女革命ウテナ』というアニメの中の決めゼリフに、こんなものがありました。

「卵の殻を破らねば 雛は生まれずに死んでゆく
雛は我らだ 卵は世界だ
世界の殻を破らねば 我らは生まれずに死んでゆく
世界の殻を破壊せよ
世界を革命するために」

いや、革命せんでもいいんですが。
殻が殻として機能しているかぎり、せいぜい破れ目から外を覗いていたいもの…。
あれ?
逆になってしまいました。
さて、殻の中に外に在るのは世界か、自分か。

下心から始まる新たなフィールド。
加齢と共に見る光景は、くるくると色を変える雨上がりの夕暮れのようです。
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