沖縄訪問記(信仰編・下) [大なり小なり旅の記録]
那覇近郊まで引き返して首里城へ向かいます。
その前に駐車場近くに玉陵(たまうどぅん)という琉球王室の墓陵に寄ってみました。

住宅街の中にあるのに静かな佇まいです。
入場料は資料館も含めて¥200。
ガジュマルの木立を縫って柔らかな風が吹き抜ける気持ちの良い道を抜け、石造りの門を潜ります。

びっしりとした石造り。なんだか南米の遺跡に来たような気持ちになりました。
訪れる人も少なく、落ち着いた雰囲気です。迂闊に声を立てる気配でもありませんが、とりたてて喋る気も起きません。

琉球王朝の埋葬方法は遺体を骨になるまで安置し、その骨を綺麗に洗い、意匠を凝らした四角い甕あるいは壺に収めて安置します。
内部は3つの部屋に分かれており、向かって左から東室は洗骨後の王と王妃の、右の西室には特定の家族が葬られており、中央の中室には洗骨前の遺体が安置されます。
沖縄戦で被害を受けましたが土台はけっこう残っていたので、そのあと復元されても風格が良く残っている感じでした。このあと訪れた首里城がぺかぺかだった(=そのぶん被害が大きかった)ので余計に際立った印象が残りました。
本土では長らく「王」と呼べる存在がありませんでした。武家社会になってから本格的に「公家」と「武家」が分かれてしまったからです。
そもそも徳川将軍家のお墓は分骨されまくりで確かなイメージが涌きませんし、寛永寺と増上寺の霊廟はともに東京大空襲で消失しました。木の文化は脆いっす。
かといって天皇家のお墓は敷居が高すぎて実感がありません。
この玉陵のように、いかにも「いちばん偉い人のお墓」というものをダイレクトに見ることができて、なんだか妙な手ごたえを感じることができました。
次回、いよいよ(?)「路上編」スタートです。







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